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“映像のまち・かわさき”から全国へ発信!

1995年、20世紀が終わろうとしていた頃です。川崎市市民文化室と「しんゆり映画祭」を立ち上げた武重邦夫は、教え子の橋本信一、押田興将と共に日本映画学校の卒業スタッフの製作チームを結成し、川崎発の映画制作を開始しました。映画制作の趣旨は「Discover true Japan」、地方に残る日本の良き文化や人間を後世に手渡したいと考えたからでした。無論、このプロジェクトの背景には映画学校が川崎市に定着したことや、川崎市が地方の時代のリーダーだった事情が在ります。映画制作の手段を持っていない全国の地方に出向き、川崎の映画スタッフが地元の人たちと協働で地産映画を作り、その映画を川崎から全国に向けて発信する。映画人としても、川崎市民としても誇りあるプロジェクトでした。

最初の作品は甲府塩山の巨大民家の遍歴を描いた『民と匠の伝説』でした。引き続いて、橋本信一監督が福島県郡山での『東北のサリバン先生』を作り、押田興将監督が大阪府で『チャレンジド』を製作しました。『東北のサリバン先生』はTV局の資金で製作したのでプロジェクトのラインアップに入れていませんが、実質的には川崎映画プロジェクトの第2作目に該当する作品です。この3人のチームは地方を舞台に川崎発ムービーを製作しながら、2000年からは川崎を舞台に日本で初めての中学生の映画制作(ジュニア・ワークショップ)を開始しました。この映画作りは、「KAWASAKIしんゆり映画祭」の枠組みの中で現在も続けられています。川崎で誕生して10年、いまやジュニア・ワークショップは全国各地に広がりました。「映像のまち・かわさき」の誇りでもあります。

川崎発の映画制作プロジェクトは、『いのちの作法』や『1000年の山古志』のように、3年から5年もの撮影時間がかかるものもあり大変です。しかし、良き作品を作ることは、若いスタッフに経験を手渡す教育でもあるのです。
2008年、阿部孝夫川崎市長が「映像のまち・かわさき」を提言し、推進フォーラムも動き出しました。武重チームの映画制作プロジェクトが川崎市の施策と重なった瞬間でした。川崎には劇場があり、観客がいて、そして映画制作があります。
「映像のまち・かわさき」から続々と新しい映画が生まれてきます。

「映像のまち・かわさき」の関連作品をチェック

現在公開中のドキュメンタリー映画『父をめぐる旅』は川崎市が舞台です。また楽しみなニュースもあります。原作者、プロデューサーなど日本映画学校(現・日本映画大学)の卒業生が参加した、福島を舞台とした劇映画『物置のピアノ』が2014年公開予定です。

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プロジェクト 1.
映像に関わる人材育成とシネリテラシー(映像教育)の普及
プロジェクト 2.
地域経済の活性化・新産業の創出
プロジェクト 3.
地域と連携したまちづくり
プロジェクト 4.
文化・アートの発信、各種メディアへの情報発信

川崎市には複数のシネマコンプレックスを始め、市民ミュージアムやアートセンターといった“観る施設”が充実しているだけでなく、生田スタジオや川崎5スタジオといった“創る環境”が整っています。市内各所では日々、様々な映画やドラマの撮影が行われているのです。
林海象監督や脚本家の山田太一氏は川崎に拠点を置いて創作活動を行い、麻生区にある日本映画学校は、李相日監督(フラガール)や本広克行監督(踊る大捜査線)を始め、多くの人材を育て、輩出しています。
また、市民主体の実行委員会が開催している「KAWASAKI しんゆり映画祭」は地域に根ざした映画祭となっています。
こうした映像関連資源を、新たな都市の魅力づくりに活かそうというのが「映像のまち・かわさき」というプロジェクトなのです。

「映像のまち・かわさき」推進フォーラム・公式サイト